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イスラーム その2

イスラーム

イスラームに出会う前から、いわゆる神様が世界を創造したと言う話を「そうなのかな」と思っていました。と言うのは、何かを創るときってその人のオリジナリティーが表れるではないですか。もし、神様が沢山いらっしゃって、それぞれが創ったとすると今頃世界はごちゃごちゃで混沌としているのではないのかしら。

人間は食べ物を食べて、消化して血管を通って栄養が体中に行き渡って行き、最後は排泄される。これと同じことが地球でもなされているではないですか。雨が降って、川になってそれが大地を潤して、最後は海に出る。電気信号も同じ。どんな生物も同じような仕組みを持っているということは、もしそれを創造した人がいるのであれば一人なのではないかなというのが私が感じていていた事なんです。

母の実家は浄土真宗のお寺。なので当然伯父もいとこも僧侶。私は子どもの頃、悪がきでした。妹と年子だったので、母は妹にかかりきりで私の事は「お姉ちゃんでしょ!」と何でも一人でするように仕向けられてました。なので、1歳半から私は自分の部屋で一人で寝ていたし、甘えたくても母には甘えられなかった。その代わり、父とは仲良しでいつも父と一緒でしたけど。だから、悪い事をすると両親が私を叱る=見てくれる。子どもの頃は今思うと何であんなにイライラしていたのかと思うほど、爪を噛んだり、男の子や妹たちと喧嘩していました。そんな私が小学校2年生の夏休みの1ヶ月を母の実家で過ごすことになりました。義伯父が東京に出張で来ていて、帰るときに一緒に私を連れて田舎へ。私が悪がきなのは皆が知っている。

そんな時に、祖母から「マイちゃんは頭も良くて、すぐに色々なことを理解出来るのに、なぜそういう行動をするの?」と問われ、「だって、普段お母様は私を見てくれないもの。何かすると叱られるけど、皆の関心が妹たちではなく私に向くでしょ。」その時祖母に言われたのが「そう。例えばマイちゃんが悪い事をした時に、周りに人がいなくて叱られなかったとするわね。でも、仏様は見ているのよ。後でマイちゃんに罰をお与えになるかもしれない。その反対に、良い事をしたのに、誰も見てなかったとするわね。誰もマイちゃんを褒めてくれない。さびしいわね。でも、仏様は見ているから、後でご褒美をくださるわ。とっても大きなご褒美をね。だから、常に仏様に見られていると思って行動をすれば、自然と良い事をするようになるし、悪いことからは離れるようになるでしょ。お友達も選ぶようになるわよね。」それから、少しずつではあるけれど、祖母の言ったことを頭において行動するようになり、「自分がされて嫌だと思うことは他人にもしない」となり、「自分が人からしてもらって嬉しかったことは、どんどんしていきたい」と。

イスラームを勉強して、同じ事が書いてあった。唯一の違いは仏様ではなくてアッラーだったこと。なので、イスラームに改宗したとして今までの私の生活スタイルと何が変わるのだろう、と。何も変わらないのではないか。むしろ、創造主を信じていた私にはしっくりいく。それが、改宗を決めた一つの要因です。