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日本人ムスリムにありがちなこと

ムスリマ1年生だった頃に、大塚や広尾のモスクに礼拝によく行っていたのですが、そこでも日本人の生真面目ムスリマたちに言われた言葉や態度に悩まされることが何度かありました。

例えば、礼拝の時に長いスカートを穿いていたのですが、日本では踝まで隠れるほど長いスカートってあまりないから、踝が半分くらい出ていたら、礼拝が終わった後に「スカートが短くて足が出てるから、今の礼拝は無効よ」とか言われるわけです。

私は気付かなかったのですが、ヒジャーブから髪の毛が1本出ていたことがあって、やはり礼拝が終わった後に「髪の毛1本出てるよ。今の礼拝は無効だから、やり直ししなさいね」と言われた。

確かに彼女たちの言うことは正しい。正しいんだけど愛情が感じられない。言い方ってあると思うんだよね。まぁ、それ以来礼拝の前には鏡で髪の毛が出ていないか入念にチェックするようになったから、有難い忠告だとは思ってるけどさ。でも、改宗したばかりでこれから少しずつ覚えていこうとしている人の気持ちを折るのよね。これがボーンムスリマたちは言わない。「ムスリマになったばかりなのに、ちゃんと礼拝出来て偉いね」となる。アッラーは寛容だから新人にそこまで求めているとは思わないんだけどな。

クルアーンの読誦練習も日本人に習うと厳しい。タジュウィードと言ってクルアーンの読誦法が決まっている。だから、それに従って読まなくてはいけないから、当然発音に厳しくなるのもわかる。わかるけど、日本人には難しい発音عخなど幾つかあって、馴染みのないアラビア語を読むだけでも最初はいっぱいいっぱいなのに、発音が少しでも違うとやり直しで、結局同じ章を3ヶ月練習してもOKがもらえない。やる気がなえる。どうモチベーションを保てば良いのかわからない。エジプト人の先生は、暗誦できた段階で「偉いね。よく覚えたね」と褒めてくれる。そして、発音の良くない点を何回も一緒にやってくれる。どうしても難しいときは、「発音の易しい章からにしよう」と一旦違う章に変更してくれたりします。

最初から「あれもダメ。これもダメ」と言ったら、嫌になってしまわないかな。ムスリムになろうとしているのに、雁字搦めで窮屈になったら続かない気がする。私がモスクの勉強会に参加しなくなったのは、3年通って勉強会の内容も以前習った事が多くなったのと、引越しをして通いにくくなったのもあるけど、イスラームにまっすぐ向き合いすぎて余裕のない人たちから離れたかったのもあると思う。敬虔な人たちから怒られそうだけど。

日本人ムスリムの男の人も姿形から入るのか、髭を伸ばして、パキスタン人みたいな白い洋服を着て「あなたたちはイマームですか?」みたいな人がたくさんいる。普通に出来ないのかな?だって、ボーンムスリムの人たちは普通の洋服着て、髭とか生えていなくても敬虔な人はたくさんいる。一所懸命勉強して、行き着く先があのスタイルなのかも知れないけど、会社でその格好で認められるのかな。みんな、極端なんですよ。

彼ら敬虔な人たちから見たら、ヒジャーブを普段被らないし、タジュウィードも正確には出来ていない私はダメダメムスリマだと思うけど、自分では礼拝もしてるし、断食もしてるから良いと思ってる。ゆる~いムスリマライフを送っております。